「心配して損した」の「損」とは?
以前から気になっていたフレーズ、
“心配して損した”。
ここでいう「損」とは何か。
考えるに、「心配する」という行為に対して、もしくは気持に対してかかっているのだろう。
しかし、そもそも気持や行為は「得」や「損」という尺度で測るもの、測れるものなのか。
「損」を「悲しい」に置き換えてみるとわかりやすい。
「心配して悲しかった」
これならわかる。文章としても正しい気がする。
と、ここで思った。「心配して悲しかった」というフレーズは異性に対して言う場合に限られるのではないか。
それも恋愛感情が伴う場合のみに。
たとえば僕が男友達に
「なんや、そうやったんか、心配して悲しかったわ」
と言われた場面を考えてみるとギョッとする。
言われた僕は「‥‥コイツ、まさか‥‥」と思うだろうし、返す言葉もとっさにはみつからず、ドギマギして場の空気はどんどんおかしなほうへ進むだろう。
「心配する」という言葉には「あなたのことを考えて」という前提がつく。
そうか、とすると「心配して損した」というのはこういう意味か。
「あなたのことを考えとても心配していました。でも勘違いしないで下さい。私はあなたに特別な恋愛感情を抱いている訳ではないのです」
なるほど、これなら納得がいく。
親、異性の友達、その他いろいろな心配だけど「恋愛感情がない」人に対して使える。
「損した」というのは「勘違いすんなよ?」と同義なのだ。
好きな、もしくは気になる異性から「心配して損した」と言われたあなた、すでに脈はないでしょう。
※「それも照れ隠し」とポジティブに捉えるのもステキかもしれません。