口の中を触られたい
その白菜―だか人間の手だか分からない物質は、あたかも舌の動くように口腔の内で動き始める。
五本の指が一本々々と運動を起してある者は奥歯のウロの中を突っ衝いたり、ある者は舌の周囲へ絡み着いたり、ある者は歯と歯の間へ挟まって自ら進んで噛まれるようにする。
(『美食倶楽部』谷崎 潤一郎)
“気になっていたところをぜんぶ治してしまおう”、と昨年の暮れに歯医者へ行ってきました。
きっちり丁寧に治療してくれると評判の歯医者さんです。
まず別室で歯のレントゲン写真を撮りました。
それを治療台に据え付けられたアーム型のモニターに映し出し、若い女医さんが説明してくれます。
「じゃあ口の中をチェックします」、ということで診察台がウィィ・・・と倒れました。
顔の上でライトがカッとつき、薄いゴム手袋をパチンとはめた手が大きく開けた口に差し込まれます。
触診?というのでしょうか、ツルツルした指が口の中を調べ回ります。
歯茎を押したりほっぺたを内側からぐいぐい押したり詰め物をしている歯の何かを調べたり、口の中で指が動き回るのです。
“こないだ読んだタニジュンの本みたいや。タニジュンは絶対誰かに口の中を触らせたことがる”と思いました。
“口の中を触られるのって気持ちいいな。さすがタニジュンやな”、と新鮮な気持ちでした。
同時に“口の中で動き回っているこのツルツルした指を噛んでみたい”という衝動が突然起こりましたが、アゴにぐっと力が入っただけでとうてい出来るはずもありません。
しかし“指を噛みたい”という考えが収まるやいなや“ペロッと舐めてみたい”という衝動が沸き上がるのです。
“唾液を呑むときに動いた舌が偶然指に触れる”という線はダメだろうか、などと都合の良い「不可抗力」の線を考えてみます。
実行しなかったのは、舐めるとその勢いで噛んでしまいそうだったからです。
タニジュンの作品では旨い汁を垂れ流す白菜のような指を主人公が噛みちぎっていました。
“口の中を触られる”のはとても官能的な行為だと感じた次第です。